バーゲン、ワクワクする?
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2015年5月31日。
今日で、私のお店が閉まります。
いえ‥私と、おじいさんのお店です。
おじいさん‥夫・善吉は10年前に他界。
残された私‥妻・紀子が、小さな玩具店を切り盛りしていた。
子供は、長男、次男、長女の3人を儲ける。
それぞれ家庭を持って、元気にやっているのが
紀子のチョットした自慢。
このところ、お店を経営していくのも辛くなってきた。
身体は痛むし、最近はなにをお店に置いていいものやら
さっぱりわからなくなってしまった。
昔はね‥
男の子なら、車や電車、飛行機などの乗物に
合体ロボット、変身ベルト
女の子なら、クマさんやウサギさん、ネコさんのぬいぐるみに
着せ替え人形、魔法のコンパクト
今はね‥
ゲーム機が主流で、おもちゃも複雑になってしまって
いまも、お店に置いてあるロボットやぬいぐるみは
売れないまま私と年を取ってしまった。
だから‥今まで来てくれたお客さんのために
1年前の5月31日から『閉店セール』を開いて、明日がちょうど終わりの日。
閉店セールっていったって‥売れたのは、昔を懐かしんできてくれた子の‥
ああ、子供といったらもういけないね。
去年、娘さんが嫁いだ片平さんが、孫が生まれた時のためにって
ロボットと、クマのぬいぐるみを買っていったくれただけ。
男のと女の子、どっちが生まれてもいいようにって
ロボットとクマさんを買っていってくれたんだよ。
「おじいさん」
仏壇に手を合わせ、店じまいを報告する。
「それにしてもなんやね、いざ終わるとなると寂しいもんよ」
善吉と出会ったのは、この店にぬいぐるみを買いに来た時だった。
パンダのぬいぐるみがほしいと、妹が言った。
勤めてはじめて、お給料をいただいた紀子は
家族に何かプレゼントをしたいと、それぞれ欲しいものを聞いて
父と母のプレゼントは買った。
弟の物も買った‥けど、妹の欲しいものだけが見つからなくて
あちらこちらと電話で聞いて、ようやく『ありますよ』と聞けたのが、善吉の店。
隣り町から、パンダのぬいぐるみを迎えにやってきた紀子と
閉店時間も気にせずに、待っていてくれた善吉は
それが縁で恋に落ち、3年後に結ばれた。
以来、長い時間をゆっくりと重ねてきた。
楽しいときも、苦しいときも
ゆっくり、ゆっくり。
子供が生まれて、スクスクと育ってくれたけど
時代が進めば進むほど、店に来る子供たちは少なくなって
なにより、気にかかるのは
街で見る子たちから、笑顔が減っていってること。
こんなに豊かな時代になったのに
それと引き換えに、笑顔が消えてゆく‥
「それって、ホンマに幸せなんやろかねぇ」
今夜はもう寝よう。
明日から店の片づけだ。
片づけが終わったら‥あとはなにをしよう?
「おじいさん、おやすみ」
瞼を閉じて、しばらくすると‥寝息がスゥスゥ。
そのころ‥
「ねえねえ、おばあさんもう寝たかしら」
「モウ、ネタンジヤ ナイデスカ」
「僕たち、こに行くのかなぁ」
話しているのは
着せ替え人形のリサちゃん
バトルロボットのダイガッツV
ウサギのぬいぐるみのぴょんきち
「私、いまさらよそになんて行きたくないわ」
「ソウイッテモ、シカタノナイコトデスヨ」
「僕たち、ずーっと売れ残ってますからね」
「ねえねえ、ダイガッツVくん。君は確か今、プレミアがついてるんじゃなかったかしら?」
「ソレハ、ショキセイゾウノモノデスヨ。
ワタシハ、コウキセイゾウノモノですから、プレミアなんて、トテモトテモ」
「そういうリサちゃんこそ、リサちゃん博物館に行くんでしょ。
いいなぁ‥僕はどこに行くんだろう」
「でもね、私‥博物館なんて行きたくない。
それよりも、女の子たちに遊んでもらいたいのよ。
今日は何を着せようかしら、新しいお洋服がほしいわ‥
みんな、目をキラキラさせて遊んでくれる顔が、私はみたかったの。
それが叶わないなら、ダイガッツVくんや、ぴょんきちくんとこうして話していたい。
なにより、おばあさんと離れたくない」
めそめそ、リサちゃんは泣きだした。
「もう泣くのはおよし」
声をかけたのは、このお店ての柱にかけられている鳩時計のチクタクさん。
かなりのイケメンで、それなりにおじいさんの古時計。
「もう泣くのはおやめ、リサちゃん」
「だってぇ‥私、悲しくて悲しくて」
およよよ、およよよ
泣きじゃくるリサちゃんに、ダイガッツVも ぴょんきちも、チクタクさんも困ってしまう。
リサは言う‥
「ひぐっ、ひぐっ‥明日なんて‥来なければいいのに」
夜は更け、やがて東の空が明るくなり‥2014年5月31日。
あと1年で、私のお店が閉まります。
いえ‥私と、おじいさんのお店です。
今日から来年の5月31日まで、感謝の閉店セールの開始。
少しでも、お店の子たちが売れてくれたらいいんだけどね。
「さ、今日も1日がんばりまっせ」
りさちゃん、ダイガッツV、ぴょんきち
どことなく笑顔のようで
なにより柱で店を見守る、鳩時計のチクタクさんがニコニコ、ニコニコ。
「ごめんよ、紀子さん‥またちょっと、時間を戻してしまった。
あともう少し‥私たちと、いっしょに暮しておくれ」
紀子さんのおもちゃ屋さんの前を通る若者が言った
「何やこの店、まだ閉店セールしとんかい。
もう何年も閉店セールやんか」
笑いながら歩いていった。
紀子さんのお店の時間は2014年5月31日。
でも街は2015年5月31日。
きっと来年の5月31日になったらまた
2014年の5月31日に戻ってしまうのだろう。
チクタクさんの秘密の魔法。
大阪には、もう何年も何年も
[閉店セール]と謳ったお店がいくつもあります。
でも、もしかしたら‥その中のいくつかに、紀子さんのお店のようなことが
起きているのかもしれません。
不思議は案外、身近にコロコロしてますよって☆
※
再掲載です。